科学研究費補助金・新学術領域研究(中性子星)・公募研究

π中間子原子分光実験の発展

研究代表者:板橋 健太(理化学研究所)

課題番号:15H00844(平成27年度〜28年度)

研究の目的・概要

π中間子原子の精密分光測定は、カイラル対称性の自発的破れに伴う 質量獲得過程を明らかにするための貴重な実験的根拠を与える。 理研 RI Beam Factory において行った先行実験のデータを解析し、 本実験の準備を行う。またπ中間子不安定原子の分光に向けた 基礎研究を行う。

平成27-28年度:研究の進捗と成果

π中間子が錫121の原子核に束縛した状態=π中間子錫原子を精密分光することにより、カイラル対称性の破れに伴う自明でない真空の構造についての研究を推進した。π中間子錫原子は、(d,3He) 反応により原子核表面にπ中間子が束縛した状態として生成し、反応Q値の測定により質量分光する。質量スペクトルの分解能としてこれまで 400 keV (FWHM) だったものを 280 keV まで改善することに成功した。同時に、反応角度が有限な領域でのπ中間子生成断面積の計測を行い、1s, 2p 状態それぞれが反応角度により生成断面積の変化する様子を世界で初めて観測した。生成断面積の角度依存性は、運動量移行依存性として反応理論との比較を行った結果、実験結果と良く一致する事が確認された。しかし、実験で決定した 1s と 2p の生成断面積の比は、理論予想の 1/5 程度となっていることが分かった。スペクトルの解析により1s, 2p 状態、それぞれの束縛エネルギーと幅を精度良く同定することに成功したが、同時に束縛エネルギーの差分を導出することで系統誤差を大幅に縮小する事にも成功した。得られた束縛エネルギーや幅の間の相関を考慮した解析を行うことで、カイラル対称性の破れを表すカイラル凝縮の大きさをこれまでを上回る精度で導出する事に成功した。さらに 150 keV を伺う分解能を達成し、系統的なπ中間子錫原子の高精度分光を実施するための実験条件の詳細な検討を行った。これによりカイラル凝縮の密度依存性についての知見を得られる可能性がある事がわかった。このため分解能改善の要となる真空中で動作可能な高計数率用3面交代型低圧多芯式ドリフト計数箱と新型読み出しシステムの開発・製作を行った。系統計測実験は課題審査委員会で既に採択されており、ビームタイムの配分を待っている。

論文・紀要・会議録:
    Precision spectroscopy of pionic atoms and chiral symmetry in nuclei,\\ Kenta Itahashi et al.. 2016. 5 pp.,\\ EPJ Web Conf. 130 (2016) 01017\\ DOI: 10.1051/epjconf/201613001017]]
学会・国際会議講演:
  • Jagiellonian symposium (Krakow): Kenta Itahashi, Experimental spectroscopy of pionic atoms in (d,3He) reactions and eta'-mesic nuclei in (p,d) reactions (招待講演)
  • 日本物理学会71回年会:板橋健太 π中間子原子、η′中間子原子核分光実 (シンポジウム講演)
その他:
  • MESON2016: Kenta Itahashi\\ Precision spectroscopy of pionic atoms and chiral symmetry in nuclei\\
  • MIN16: Takahiro Nishi\\ Precision spectroscopy of deeply bound pionic states in tin at RIBF\\
  • CRC16 symposium: Kenta Itahashi\\ Probing the structure of the vacuum through spectroscopy of meson bound states in nuclei\\
  • 71st Fujihara Seminar: Kenta Itahashi\\ Meson-nuclear bound states\\
  • MENU2016: Takahiro Nishi\\ Precision spectroscopy of deeply bound pionic states in 121, 116Sn\\